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  • ②シンガポール旅行🇸🇬0歳児とのシンガポール旅行、持ち物リスト全部公開

    0歳児(6ヶ月)との初海外旅行。行き先はシンガポールだった。

    キラキラ海外旅行。

    マリーナベイサンズ。

    優雅なナイトプール。

    トロピカルカクテル。

    …になる予定だった。

    実際は、「おむつどこ!?」「麦茶なくなった!?」「なんで離陸のタイミングでうんちした!?!?」である。

    0歳児との海外旅行、“親の荷物”ではなく“育児環境”を運ぶ作業だった。

    まず、実際の持ち物一覧

    赤ちゃん関連

    おむつ

    おしりふき

    着替え

    抱っこ紐

    ベビーカー

    保湿剤

    ベビーシャンプー

    哺乳瓶

    粉ミルク

    離乳食パウチ

    麦茶

    スプーン・食器

    スタイ

    おしゃぶり

    ブランケット

    おもちゃ

    絵本

    帽子

    日焼け止め

    冷却シート

    常備薬

    ベビーセンサー

    プール用おむつ

    おむつ替えシート

    ファスナー付き保存袋

    機内持ち込みで重要だったもの

    モバイルバッテリー

    動画を大量DLしたスマホ・タブレット

    イヤホン

    充電器

    着替え

    ミルク

    おむつ

    保湿剤

    お菓子

    ティッシュ

    ウェットティッシュ

    親側

    日傘

    アームカバー

    水着

    サンダル

    変換プラグ

    洗濯ネット

    荷造りの時点で、もう負けていた

    大人2人の荷物はすぐ終わった。問題は0歳児。もう、“念のため”の化身になる。もし漏れたら…もし寝なかったら…もし飲まなかったら…もし暑すぎたら…もし現地で売ってなかったら…“もしも”を積み重ねた結果、荷物が普通に引っ越し。

    しかも全部、 「いる気がする」。

    おむつ、信頼できるやつを持って行け

    現地でも買えるとは思う。でも、“いつものおむつ”の安心感がすごい。慣れない海外で、 おむつかぶれイベントとか発生したら親のHP終わる。なので結局かなり持参した。

    ただ、おむつって、かさばる。本当にかさばる。

    なのでうちは、フードセーバーで圧縮した。旅行前日に、 夫婦で大量のおむつを真空パックしている光景、 かなりシュールだったと思う。

    でもこれがかなり優秀で、スーツケースに入りやすい予備を分けて管理しやすい地味に防水っぽくなると普通に便利だった。ただし開封すると、「フワァッ」って増える。圧縮されていたおむつ達の解放感がすごい。

    抱っこ紐、もはや命綱ベビーカーも持っていった。でも、

    空港入国審査エレベーター待ち

    急なぐずり

    この辺で抱っこ紐が強すぎた。海外って、「両手空いてる」の価値が異常。ちなみに肩は終わる。

    チェアベルト問題

    うちはベビーカーでそのまま食べさせることが多かったので、結果的にはチェアベルトはあまり使わなかった。ただ、ベビーカー持っていかない人は普通に必要だと思う。

    海外って、 「子ども椅子あるけどベルトなし」 みたいな場面がある。

    0歳児、 突然のけぞる。油断できない。

    ファスナー付き保存袋、万能すぎる神。本当に神。汚れた服濡れたスタイ食べかけ謎に湿った何か全部入る。育児って、“湿った何か”が突然発生する。

    タブレット、かなり助かった

    シンガポール便、 うちは7時間くらいあった。大人だけなら映画見て寝れば終わる。でも0歳児連れはそうはいかない。

    しかも機内って、「飽きた」が発生すると終わる。なので、動画を大量ダウンロードしたスマホやタブレットがかなり役立った。

    特に、

    ミス・レイチェル

    いつも見てる動画

    音楽系

    この辺は救世主。もちろん、“動画だけで全部解決”ではない。抱っこしたり、 通路歩いたり、 謎にギャン泣きが始まったりする。でも、「あと10分だけ静かにしてくれ…!」みたいな場面でかなり助けられた。

    親側もHP削れてるので、“気を引ける手段が多い”だけで安心感が違う。

    シンガポール、湿気が殴ってくる空港出た瞬間、「あ〜南国🌴」じゃなく、「湿度!!!!」だった。

    なので、帽子日焼け止め麦茶冷却シートアームカバーかなり重要。親も子も普通にベタつく。

    一番大事だったのは「スーツケース消えても数日生きられるか」という視点。

    なので、ミルク哺乳瓶着替えおむつ保湿剤は全部機内持ち込みへ。

    海外旅行って、「ロストバゲージ起きませんように」を祈るゲームでもある。

    結論0歳児との海外旅行、荷物はめちゃくちゃ多い。親のHPも削られる。空港着いただけで、「もう帰国したい」って一瞬なる。

    でも、小さな赤ちゃんを抱えて、 汗だくで異国を歩いて、「荷物多すぎる」 って笑った記憶って、なんか一生残る気がする。

    そして次回もきっと、「念のため」を積み重ねて、 また引っ越しみたいな荷物になる。

  • ①シンガポール旅行🇸🇬0歳児を連れて海外に行こうと思った理由


    子どもが産まれる前は、
    「赤ちゃん連れで海外旅行なんて当分無理でしょ」
    と思っていた。


    実際、0歳児との生活は毎日バタバタで、
    家を出るだけで小旅行みたいになる。


    でも、ちょうど夫の長期休みが取れた。
    せっかくなら海外に行きたい。


    どうせ行くなら、
    綺麗
    治安がいい
    赤ちゃん連れでも比較的安心
    “ちゃんと海外感”がある
    飛行時間が短め


    という条件で考えた結果、シンガポールが候補に上がった。


    物価は高めだけど、
    「初めての子連れ海外」としてはかなり安心感があった。


    あと個人的には、
    “0歳だからこそ行ける”
    みたいな気持ちも少しあった。


    まだ歩き回らないし、
    ごはんも大人ほど気を使わない。


    もちろん大変なことはあるだろうけど、
    “今しかない旅行の形”もある気がした。


    そして実際に行ってみると、
    荷物はめちゃくちゃ多いし
    飛行機ではHPが削られ、
    湿度で全員ベタついた。


    でも、それ込みでとても思い出になった。

    たぶんこれから先、
    もっと楽な旅行もできると思う。


    でも、
    小さな赤ちゃんを抱えながら、
    必死に異国を歩いた記憶は一生物だと思う。

  • 計画無痛分娩のはずが、普通に激痛だった話

    39w。

    私は計画無痛分娩の予定だった。理由はシンプルで、痛みに弱いからだ。

    唾液だけで遺伝子のいろんなことがわかるGeneLifeでも

    痛み:感じやすい、と出ているほどである。

    予定日は3/17 朝9時。

    前日の入院は“前処置だけ”の予定で、私は完全に油断していた。むしろ、「まだ降りてこないでくれ」と思っていた。

    なぜなら私の病院は、麻酔対応が平日9:00〜17:00のみだったから。

    無痛分娩って聞くと、「陣痛が来ても無痛にしてもらえる」みたいなイメージがあった。

    でも実際は、夜中に本陣痛が来たら普通に自然分娩だった。そして私は、 見事に深夜コースを引いた。

    3/15の夜。前駆陣痛っぽいものがあったが落ち着いたので、予定日当日はスムーズな出産になるようにスクワットをしていた。今思えば、完全に余計だった可能性がある。

    翌16日 朝5時。10〜20分おきで前駆陣痛。「まあまだ前駆でしょ」くらいの気持ちで、ランチに焼肉を食べに行った。出産前最後の焼肉。

    ちなみにテニスボールをお尻で踏むとかなり楽だった。全国の妊婦に配布してほしい。

    前処置のバルーンが普通に痛い

    15時、入院。

    診察すると子宮口2cm。そのままバルーンを入れられた。私にとってはこれが地獄の始まりだった。

    痛い。普通にナニコレ?感じたことないような感覚、一種の拷問でしょ?

    そして地味に絶望したのが、「処置室からベッドまで自分で歩いてくださいね〜」と言われたこと。歩けないわ。

    歯磨きどころじゃない16時頃。

    歯磨きしておくか、、と頑張って歩こうとするものの、バルーンによる陣痛促進で前に進むことができず

    座る↓立つ↑座る↓を延々繰り返していた。

    縦になっていたのが悪かったのか(良かったのか)、陣痛はどんどん進んでいった。

    私、全然まだ産みたくないです

    18時、病院食。“ちゃんと病院食”って感じだった。

    22時。内診でベテラン助産師さんがバルーンを外しながら一言。

    「これ今日産まれるね!無痛代浮くから美味しいものでも食べな!」

    いやいやいや!!!!無理でしょ!!!!美味しいものとかどうでもいいから無痛で産みたいんです㌔、、、!?!!

    「夜を耐えれば朝から無痛が始まる」と思っていた。しかしそれは叶わず、そのまま陣痛室へ移動。

    22時半、旦那到着。救世主。

    ここから3時間、地獄

    本当にずっと仙骨を押してもらっていた。いきみ逃しって、 もっと“フーッ”みたいな感じだと思ってた。違った。獣だった。

    痛いって叫んでたらベテラン助産師が

    「叫ぶな!!!!深呼吸しろ!!!」

    (あれ、、?私バースプランに「優しくしてほしいです」って書かなかったっけ、、?涙)

    でも確かに声出して叫ぶのと深呼吸では体力の減り方が全然違いました。本当にありがとうございました。でも痛いって言いたくなるんだよね。やってみると分かるけど。

    人工破水

    子宮口8cm。

    あのね、この日は日曜でもう深夜だから助産師さんが2人しかいなかったみたい。

    赤ちゃんが他に沢山いる中、私だけに構うわけにもいかないんだよね。

    だからなのか全然付き添ってくれませんでした!!!!涙

    子宮口が開き切るまではいきんじゃだめっていうのは聞いてたけど、こんなに辛いことだと思わなかった。ウンチ出したいのに出しちゃだめ、みたいな。まあちょっといきんだところでも出ないんだけど、、腸閉塞ってこんな感じなのかな、みたいな(当時はこんな余計なことを考える余裕はなかった)

    人工破水すると進みが早い、みたいなのをなんかで聞いてたので、頼みに頼んで人工破水してもらった。ありがてえ〜

    もっとバシャーン!!!みたいなのを想像していたけど、実際は、ジワ〜…だった。

    ベテラン助産師さん、仕事が静かで強い。

    ついに分娩室へ

    24時。子宮口、突然10cm。

    急に話が進む。分娩室へ移動して、「いきんでいいよ!」と言われた。

    途中で尿道カテーテルを入れられた。おしっこ溜まってると進みが悪くなるみたい。

    でもこれ、陣痛で死にかけているのに違和感かなりすごい。「これ通常時には絶対やりたくないやつだ」と思った。

    そして人手が少ないため助産師さんはその場から離れなければならなくなり、旦那が助産師さんから色々教えてもらって私の出産をサポートすることになった。

    あの、、普通に、、不安なんですが、、、!?!!!!!?!!!!!

    なんで病院の人いないの!?!!あとなんか会陰裂けそうだから切ってもらうために先生呼ぶねって言われてから30分くらい経ってたけど先生当直室とか家とかでまだ寝てたの!?!ねえ!?

    そして頭が見えそのまま出産。

    無事産まれて本当によかった。産まれた瞬間、痛みが消えた

    これ、本当にびっくりした。

    さっきまで「人類どうしてこれを許してる?」みたいな痛みだったのに、出た瞬間、スン…って消えた。

    出産を“気持ちいい”って言う人の気持ち、ちょっと分かった。ドゥルンって感じ。

    後処置と、ぼんやりした気持ち

    胎盤出すのは思ったより痛くなかった。でもお腹をガチャガチャ押されるやつが地味に痛い。

    会陰は3cm裂けていたらしい。先生、もっと早く来てくれてもよかったのでは?寝てたの?

    「母性爆発!」にはならなかった

    産後はずっとぼーっとしていた。「え、本当に自分が産んだ?」みたいな感じ。かわいいけど、 まだ“息子”という実感は薄い。

    一方旦那は、父性大爆発。ずっと赤ちゃんと遊んでいた。

    初めて“母性っぽいもの”が湧いた瞬間

    翌日の夜。

    初めて泣いているところを見た。抱き方もよく分からないし、 息してるのかも分からない。でも小指を吸わせると泣き止んだ。かわいすぎる。あと赤ちゃんってなんかいい匂いがする。あれ何?

    後陣痛と会陰は痛かったけど、ロキソニンでなんとかなるレベル。

    先生や看護師さんがたくさん来てくれて、「自然分娩で大変だったね〜!でも安産だね〜!」と言ってくれた。

    確かに、今思えば安産だったのかもしれない。助産師さんにもずっと、「身長高いしね〜」と言われていた。こういうことだったのか。大体7時間くらいで生まれたもんなあ。

    でも次は絶対、無痛がいい

    結果的に私は自然分娩になった。めちゃくちゃ痛かった。もちろん無事に産めてよかったし、 人生で一回しかない感覚だったとも思う。でも、次は絶対無痛24時間対応の病院にしたい。

    夜間麻酔対応の有無、めちゃくちゃ大事。これから無痛分娩を考えている人は、本当にそこ確認してほしい。

  • 自己紹介

    はじめまして。

    東京から宮崎へ移住し、1歳の息子を育てています。

    このブログでは、

    宮崎での暮らし

    育児のこと

    家づくり

    ワンオペ移動

    猫との生活

    などを、ゆるく記録していく予定です🌼

    ブログ名の “Suiren Days” は、 モネの睡蓮みたいな、 やわらかくて少しぼんやりした日々を残したくてつけました。

    あとから見返した時、 「あの頃大変だったけど、なんか良かったな」 と思えるような場所になったらいいなと思っています。

    よろしくお願いします。